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「いなさ」(2023)

浜松の街を歩いていて、偶然見つけて拾い上げた布団には、そこで寝ていた人の跡がはっきりと残っていました。


そこに確かにあって、いて、今はもう無い、いないということ。

「いなさ」の形を探るために、拾い上げた布団、座布団、家具、譲り受けた衣類などを使って、縫うことで立ち上げた彫刻作品を展示しました。


「縫い物の彫刻を作り始めた根本には、ある人の死があります。5月、私がアーティスト・イン・レジデンスのために浜松に移った数日後にその人の容態は急変し、その一週間後に亡くなりました。それは私にとって初めての、身近に生きていた人のそこにあった身体が、「死」を経て別のものへと変わっていく過程をつぶさに見つめる時間でした。

私の手元には、浜松で暮らすうちに見つけたり、拾ったり、譲り受けて、衣類などの布、布団、座布団、椅子や引き出しなどの家具が集まっていました。それらには誰かが確かに使っていた跡がしみついていました。それらのすべてにただ触っていたいと思いました。その人が亡くなる少し前に植えた苗がありました。私は集めた布を使って、この苗をまず作り始めました。布きれを縫い合わせていくうちに、布と糸が重なってかたさをもち、くたっとしていた布が、立ち上がるようになっていきました。

「死」という出来事の先にも残された人間の生活が続いていく以上、「死」によって姿を変えた形でその人の存在が生活の中に残っていくこととなります。「死」によって、その人が生きていた姿、肉体というもの、実在の姿は失われます。「死」の後に残されるのは、その人がそこにいて、今はもういないということ、「いない」ということ、すなわち不在の存在です。この不在の存在、「いなさ」を分かることが重要でした。生活は「いなさ」を含みながらもなお続いていくということが、世のことわりだとやっと分かりました。

私が「死」という出来事の前で立ち止まっている間に、5月に見た苗はとうに姿を変えていました。じっと考え込む私のことなどそっちのけでどんどん育つ苗のかたち。止まることなく進んでいく生活というものこそが、「いなさ」の正体なのかもしれない。「死」についてひととおり考え済んだら、真夏の日差しの下、今も育ち続けているであろう苗のかたちを、縫い、留めておくことにしました。」(2023年8月、展覧会に寄せたテキストより抜粋)

婦木加奈子個展「いなさ」

2023年度浜松市鴨江アートセンター制作場所提供事業アーティスト・イン・レジデンス成果展覧会

開催日 2023年8月18日(金) 〜 8月27日(日)

開催時間 10:00〜20:00

会場 鴨江アートセンター

主催 浜松市鴨江アートセンター(指定管理者:浜松創造都市協議会・東海ビル管理グループ)